リラクタントガールズ

3人のやる気のない少女たちが交替でほぼ毎日更新。

芸人さんの追っかけを辞めた時の話

おはようございます。
リラガルのいずみです。
 

 
突然だけど私は中学生の頃から20歳くらいまで、
吉本のお笑い芸人さんの追っかけをしていました。
今日は、その追っかけを辞めた時の話をします。
 
これを書いたのには理由があります。
私はいま、YouTuberの水溜りボンドが好きで、
グッズを買ったりチャンネルメンバーシップに入ったりしました。
今日書いたお笑い芸人さん達の追っかけをした経験が無かったら
水溜りボンドのことをこんなに好きにならなかっただろう、と思っているからです。
 
 
その頃は『エンタの神様』などで、若手芸人ネタブームとか言われていた頃だった。
私は、コンビ名に数字の入った漫才師が大好きで、
追っかけをしてルミネtheよしもとに月2で行ってたし、
家族に大阪へも連れていってもらった。
私は学校が大嫌いだったので、その人たちの追っかけをしてなかったら、精神の安定をまったく保てなかっただろうと思う。
 
その芸人さんは、全然売れなかったし、おそらく今も売れてない。
私が見ていた7年くらいの間に、どんどん人気がなくなって、毎月ルミネでやっていたイベントが無くなり、
最後には15人くらいしか入らなさそうな場所で、床に座って漫才とトークを見た。
 
私は割と正統派なファンだったと思う。
舞台で漫才しているところが好きだったので
出待ちなどもしたこと無かったし、
彼らがグッズを出せばちゃんと買っていた。
年に一度のバレンタインデーを除いて、ファンレターも送ったことが無かった。
(バレンタインデーは、ツッコミの人がチョコが欲しいと生配信で言っているのを聞いて以来、毎年送ってあげた)
私は、ある程度いいカモだった自覚がある。
 
あの頃どんどんファンが減っていって、イベント会場が小さくなった時も、私は皆が離れるのを不思議に思いながらイベントへ行った。私はまだ大好きだったから。
 
気持ちが離れたきっかけは、3つほどあったと思う。
年に一度の漫才をする単独イベントで、ネタの使い回しをしたこと。
彼らが、「自分たちの代名詞」みたいな感じで定着させようとしだしたネタがあって、しつこくやってたけど、私には全然面白いと思えなかったこと。
15人くらいしか入らない会場で、iPhoneで舞台を撮影し始めた客がいたのに、彼らがそれを注意しなかったこと。
でも、学生だった私のアイデンティティは「彼らのファンであること」にあったから、みるみるファンが少なくなっていってもずっと追いかけていた。
 
ある日、ボケの人がパチンコばっかり行ってることを悪びれもせずにトークで喋った時に「あぁ、コイツただのダメ人間なんだ」と心から思った。
舞台の上で面白かったら、ダメ人間である事なんか気にならなかったのに。
 
そして、私はある日すっぱりとファンを辞めてしまった。
その時の情景を今でもちゃんと覚えている。
夕方の渋谷駅の改札で、大好きなはずの彼らについて、ぼーっと考えていた時に頭の中を流れてきたのが
ジッタリン・ジンの『知らない街へ』だったのだ。
恋人と別れるために電車に乗る曲である。
その人たちのファンである、というのがアイデンティティだったから、
私は、自分が彼らを嫌いになった事に気づいていなかった。
そしてその事によって、すごく疲弊していた事に気づいた日だった。
 
本当は、ファンと舞台の上の人の関係ってシンプルで、「貴方のする事が、いいと思うからお金を払います」というだけだと思う。
長い間ファンでいることをステータスだと思ったり、ファンであることをアイデンティティにするからおかしくなっちゃうんだ。
 
私はこの時の経験から、その後の人生で、あんまり盲目的なファン活動をしなくなった。
チケットを買ってお金を払いたい相手が、本当に好きか考えるようになった。
不平不満を言いつつもチケットを買う、という事をしなくなった。
わりと色んなジャンルに手を出すようになったし、
友達には「すぐ飽きる人」だと思われるようになった。
 
時が経てば必ず、人のやることは変わる。
変わらずに好きでいさせてくれる人は、変わらないための不断の努力を重ねている。
気持ちが変わることも悪いことじゃない。
好きでなくなったら、老兵はただ去るのみだと私は思っている。
 
以上、いずみがお送りしましたー。